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ら・ねーじゅ No.252
1997.1月号


奥秩父 二人旅         

                               酒井 正裕 


 学生時代後半から、何故か不思議と意気が合い、彼がいたお陰で社会人山岳会 
に入ることとなり、気がついてみると今の私が在ったように思う、そんな彼とも 
最近は山に一緒に出掛けることがなくなって久しい。時には一緒に出掛けようと 
いうことで、9月の或る日、思い立ったように比較的気軽に行ける奥秩父黒茂谷 
と龍喰谷に行くことにした。                        


 山行前日、奥多摩駅で出会い、小河内ダムの駐車場でテントを張る。ここはあ 
まり静かではないが、水道とトイレがある。久しぶりに山行を共にできて、積も 
る話をしようと思ったが、何故か無性に眠くて早々に寝てしまった。かなり以前、
やはり以前の東京の山岳会のときの山仲間3人と三条の湯に泊まったが、この時 
も残業続きの寝不足のため、やはり直ぐに眠ってしまった。この時も彼がいたの 
である。もっと色々と話をしたいと思ったが・・・・。            

 翌朝、おもむろに起き出して支度をする。まわりは山に登る人がいないせいか、
ちょっと異質な感じがしないでもないが、相変らず気にせずである。車で一路大 
黒茂谷出合いにむかう。泉水谷林道は幅が狭い上に悪路であり、この山行では一 
番気を使う。                               

 出合いで車を止め、ゼルブストを着けて谷に降りる。谷の出合いは、このあた 
りでは珍しく、巨岩が累々としている。また、この山(黒川鶏冠山)に金山の噂 
があるせいか、谷の砂は金色にきらきら輝いている。「これを全部集めたら大金 
持ちになるだろうか?」と思わず考えてしまう。しかし、一方で「これは恐らく 
黄鉄鉱(後で分かったことだが、実は雲母らしい)か何かで・・・、でなければ 
人が放っておくはずがない。」とも考えた。山に来てもやはり俗人の域をでない 
ことを改めて自覚してしまう。都会で毎日生活していれば、急に山で仙人になろ 
うとしても所詮無理であるとも考えた。                   
 しかし、登りながらこんなことを考えたのは谷が単調だったからでもある。唯 
一緊張したのは、途中、ルート図では高巻くところをへつりで頑張ったところぐ 
らいであろうか。ただ、それに続く斜瀑は直登できただけでなく、大変美しかっ 
た。                                   

 谷はその後もいくつかの小滝があり少しは楽しめたが、やはり単調であること 
に変わりはなく、加えて地形が複雑であり現在地を確認しづらかった。     
 私は、当初から彼の悪い癖、即ちルート図を鵜呑みにする癖があるのを案じて 
いたが、やはりここでも出てしまった。山スキーのルート図を書いて本を売って 
いる身としては、ルート図はあくまで目安であり、それ程信頼できるものではな 
いことを十二分に承知しているため、彼を如何に説得するかが大変であった。結 
局、右往左往した挙げ句に時間を浪費してしまい、気がつくと登る気概が失せて 
いた。                                  

 やがて、途中で林道(大黒茂林道)が横切ったので、上流をエスケープして林 
道を下る。林道は大変歩きやすくきれいに整備されており、キノコ採りを楽しみ 
ながら安心して下った。また一つ、不完全燃焼の山行をしてしまったが、年をとっ
たためか或いは2年ぶりの沢登りだったためか、余り後悔はしなかった。「イマ 
イチだったが、まぁいいか。のんびり楽しめたし。」という感じである。    

 車に戻って、次の目的地である龍喰谷へ向かう。しかし、落合の分岐は道路工 
事中で通行止めのため、その先の高橋の集落方面を行くようにして一ノ瀬に入る 
が、やはりここでも通行止めであり、長い山行がしたくない我々は計画を変更す 
ることにした。                              

 作場平に戻り、ここで一夜を明かすことにする。ここも、きれいなトイレがあ 
り、しかも脇に流れる川の水は飲めるという、優れたところであった。色々考え 
て、明日はここから笠取山へ向けて歩くことにする。今日も何故か疲れて直ぐ寝 
てしまう。いったいどうなっているのだろう。                

 3日目の朝、沢道具を車の後で干したのち歩き始める。この道は、後で知った 
ことだが、東京都水道局が多摩川水源の「水干の道」として整備したため、幅2 
メートル位の立派過ぎる道が水源まで続いている。道の傾斜もきつ過ぎず、のん 
びり稜線に立てた。笠取小屋で鹿を見ながら昼食とする。小屋の人にタバコがな 
いかといったら、「売っていません」と言われたが、代わりに持っているタバコ 
を一箱くれた。コーヒーまで戴いた。なんとも気前が良く、好感の持てた御仁で 
あった。お礼にりんごを剥いてあげ、山の話に話が咲いた。時間を一向に気にす 
る必要のない気儘な山行だったが、1時間ほど話したのち笠取山へ向かう。ここ 
で、カラマツマイタケが今は盛りということを聞いて、落葉松の根元を時々探し 
ながら歩くが、結局素人の二人には見つからなかった。しかし、急斜面のへばり 
付くような頂上への登りには、丁度よい気晴らしとなった。ようやく着いた頂上 
は、狭く岩がでており暑かった。また、運動不足のためかこんな山でもバテバテ 
になって我ながら情けなくなった。                     

 頂上から往路を戻る。普通ならそのまま一直線に帰るところであるが、気儘な 
二人旅である。笠取山荘に向かう途中、横目に見た雁峠が余りにも綺麗で伸びや 
かな感じなので、雁峠まで道草する。雁峠は高層湿原ではないが、広く伸びやか 
な草原に秋の青空が映える峠である。所々アザミや紫色のソバナ?が咲き、目を 
楽しませてくれる。夏の名残りか、一頭の美しいアサギマダラが飛んでいた。そ 
れは、本当にのんびりとしたひとときだった。 二人にとって、最も印象の深い 
15年ほど前の利根川本谷の山行の思い出を語りつつ、年をとったにしては未だ 
少し余裕がある我々は、久しぶりに過去を共有した懐かしさに満ちていた。   

 この後、水干に向かったのち下山する。下山にとった道もたくさんのキノコが 
でていたが、残念なことに知っているものはなかった。            

 でも、私たちには十分に楽しめた山行だった。               


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