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ら・ねーじゅ No.254
1997.3月号


グアム島ジャングル・ハイキング    
                         1996年11月17日 

                               西川克之  


 社内旅行でグアム島に行ったので、オプション・ツアーのジャングルハイキン 
グに参加した。65ドル。 バスがホテルを巡回して客を拾っていく。ガイドの 
ジョーさんと客は総勢15〜16名。日本人ばかりだが、どの顔を見てもジャン 
グルに突入する覚悟を固めている様子はうかがえない。こんなことで無事生還で 
きるのだろうか。それとも実は私が間違ったバスに乗ってしまっているのだろう 
か。                                   
バスは観光客で賑わう西海岸のタモンから南下して首都のアガニアで左折して島 
を横断し、東海岸を南下する。白い1階建ての家が草地に点在している。家を見 
る限り、日本人(正確には東京の人というべきか)がグアムの人より生活水準が 
高いとは考え難い。                            
 
 タロフォフォ湾の北側にそびえる、上部に鍵穴のような穴がある山をジョーさ 
んが示して、OK?ときくと、オーと答えていたのだが、はたせるかな、バスが 
登山道の入り口に着くと、ブーイングがあがった。だから、というわけでもある 
まい、初めからの予定だったのだろう、タロフォフォの滝へ向かう。滝からしば 
らく歩けば横井さんが26年住んでいた穴である。この道が川沿いで滑りやすく、
蚊の襲来がものすごくて全行程で最大の難所だった。虫よけスプレーは必携。周 
りの植生は熱帯のジャングルというより日本の南の地方ぐらいの感じである。横 
井さんの穴は入り口は一見小さくてほんとにこんな所に人が住んでいたのかと思 
うほどだったが、後で説明を見て納得した。入り口が小さいのは発見されないた 
めであり、中は奥行きもあり広い。                     
 
 その後再度、タロフォフォ湾の北の山の登山道入り口に着いた。山の標高はせ 
いぜい300メートル程度だろうが、車道つまり登山道入り口でもすでに100 
メートル以上はあるだろう。数人がバスに居残り、最初だけ少し急なので出発し 
てすぐまた一人脱落した。共同装備のコールマンのランタンを手分けして持ち、 
傍らの野生のバナナを食べて歩き始めた。少し登ると、今度は横井さんが初めの 
2年間住んでいた洞窟の入り口になる。初め行ったのは土の中に掘った人工の穴 
だが、今度は自然の鐘乳洞で、奥は長く続いている。ランタンを消すと全くの暗 
黒でこんなところに2年も住んでいたのか。鐘乳洞を出て少し登ると、キーホー 
ルになる。風の通り道だが、向こう側の海岸も見渡せて眺めはよい。降りたらバ 
スに揺られて居眠りしながら帰るだけ。全行程6時間のハイキングとはいえ、バ 
スでの移動が多くて、ほんとに歩いたのは2時間もないだろう。グアムの観光客 
相手では仕方がないか。米軍の主催するタフなのも別にあるらしいが。     



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