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平標山

2004年4月10日
メンバー 作野 晃一

快晴
前日午後8時半東京発。赤城高原SAで仮眠。同所を5時半出発し、田代スキー場駐車場に6時半前に着。朝食後6:45ごろ出発。林道を30分くらい歩いたところで除雪が切れた。そこには天幕が一張り。日白山へ向かうとのこと。我々はここからシールをつけて歩き出す(7:20)。地王堂川にかかる橋を渡り、センノ沢に向かう。以前は杉が小さくてもっと見通しが良かったように記憶しているが、今日は違う。センノ沢も結構林が濃い。所々沢が割れている。今年はやはり少雪か。センノ沢源頭部は少し堅いところもあったが、順調に松手山から続く尾根に出た。一の肩までの急斜面はやはり雪が着いていなかった。一の肩を越えて平標沢源頭部まで木道が完備していた。これも前着たときとは違っていた。1930m地点まで、4時間かかった。
大休止、行動食を食べた後、12:00滑降開始。上部はフィルムクラスト模様の滑りやすい良い雪であった。気持ちよく高度を下げる。しかし、やはり少雪のせいか前来たときは感じなかったが木々が少し多いようであった。中間部で来し方を振り返った。日光に照らされて雪山全体が逆光でてらてらと光り、その中でシュプールのみが反射しないでくっきりと浮き上がった三浦敬三の写真そのままの世界であった。デジカメで写真を取ろうとしたが、オートでは取れなかった。上部の急斜面から中間部の林を抜ける辺りから雪質が変化し、湿雪になり、重くなってきた。



下部には大きなブロック雪崩の後があり、緊張して通過する。あまり気持ちのよいものではない。更に進むと、オッと!標高1380m位のところで小さな滝が出ていた。滝を巻いて進む。カンバコキ沢の出合から下は完全に沢が出ていて右岸を行くが、1000m位のところでついに崖状の雪が付いていない所に行く手を阻まれた。1回目の渡渉である。飛び石伝いに何とか渉る。左岸を行くとまずいので、右岸に移ろうとするがいい場所がない。かろうじて、スノウブリッジがあるが下は流れが出ているところで、その雪の下に倒木があるのを見つけて雪橋を壊さずに渉れると判断して渉る。右岸を行くうちまたしても850mあたりで行く手を阻まれた。今度は結構川幅の広い渡渉を余儀なくされた。飛び石はあるがジャンプを必要とする。思い切って渉った。かろうじて沢に落ちず、靴をぬらさずに対岸に渉れた。もう少しで群大ヒュッテであるが、なかなか右岸に渡れない。左岸を行くうちに群大ヒュッテの赤い屋根が見えた。既に1時を過ぎていた。もう、1時58分の列車に間に合わない。1時半頃ほうほうの態で群大ヒュッテ着。少雪に泣かされた。ここで大休止。相棒が持ってきた生のトマトが美味しかった。群大ヒュッテ前の吊橋はやはり板は外されていた。今年は渡らずに済んだ。午後2時、群大ヒュッテを出発。後は、林道に沿ってスキーを滑らすだけ。と思いきや、あにはからんや、なんと、すぐ近くのダムの先は除雪されているではないか。がっかりした。道の両脇は1.5mから2m程の雪が付いているのにしっかり除雪されていた。以前同時期に来た時はこんなことはなかったのにと思いながら、歌を口ずさみながら歩くこと70分かかり午後3時10分にやっと土樽に着いた。今回は、下部で苦労し、以外に時間がかかった。
やはり登りの時感じたが、センノ沢に水流が出ているときは雪が少なく平標沢下部は既に沢が割れていることを覚悟しなければならないこと、従って、そのような時は平標沢を下らないことが賢明であることである。
次の下り列車は6時すぎ。ここから、タクシーを呼び7040円かけて田代スキー場駐車場に着いた。途中うららかに晴れてのどかな越後湯沢の村落風景を見ながら。後は、三俣の「街道の湯」で疲れを取り帰京した。

 

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