Last Update : 2012/06/15 戻る

槍ヶ岳 飛騨沢

2012年5月5日(土)〜6日(日)

メンバー  L:鈴木 M:菅澤、加瀬

【行程】

※→はクルマ、・・・はリフト、ゴンドラ、>>はシールorアイゼン登行、 〜〜は滑降

5/4(金):光が丘1200→17:30新穂高温泉「ほらぐち」

鈴木車で東京を発ち、上信道経由で新穂高温泉の素泊民宿「ほらぐち」に宿泊。部屋は狭いが温泉は源泉掛け流しで素泊料金3300円を考えれば納得か。 

5/5(土):宿5:00→5:25新穂高(1100m)・・・6:30穂高平避難小屋(1340m)・・・7:15白出沢(1540 m)・・・8:30滝谷出合(1750m)・・・>>10:00槍平(1990 m)>>13:10飛騨乗越(3015 m) 13:40・・・14:00槍ヶ岳山荘(泊)

新穂高から白出沢までの蒲田川右股林道は完全に雪が消えていた。白出沢を対岸に渡って飛騨沢左岸の樹林の中を夏道通しに歩いたが板が枝にかかり煩わしい。雪が多ければ河原に降りて川沿いにシール歩行でき楽なのだが。

雪が出始め、デブリ斜面を何箇所か横切るうちに運動靴での限界を感じて、リーダーの指示で兼用靴に履き替えて運動靴をデポ。滝谷出合は水流を岩伝いに渡渉し、飛騨沢が狭くなったところで右岸に渡り、シール登行開始。

天候は概ね曇りで、時折青空がのぞまれるが雲の流れが速い。

南沢の開けた雪原に槍平小屋が見えてきた。数年前にテントが雪崩に飛ばされた事故が記憶によみがえる。    

飛騨沢は広い。高度を上げても景色が変わらず張り合いがない。乗越に近づくにつれ傾斜がきつくなり、立ち止まる回数が増えて喘ぎながら登った。風が強くなり雪面も固くなってきたがなんとかクトーを付けずに飛騨乗越到着。

乗越は風の通り道で槍沢側で風を避け小休止。三人揃ったところで板をザックに付けアイゼンで槍ヶ岳山荘に向うものの強風でよろけ、なかなか前へ進めない。こんな時幅広板は不利なような気がする。

乗越からは槍の穂先と槍沢下部まで見えていたが、山荘に着いたころには完全にガスに包まれて周囲は全く見えない。槍の山頂はあきらめる。山荘には50名ほど宿泊しており、そのうちスキー客は10名ほどだった。テレビのニュースで「白馬岳で北九州の6名遭難」を報じていた。

5/6(日):槍ヶ岳山荘7:25発・・・7:45飛騨乗越・・・2800 mあたりでスキー装着〜〜8:25槍平〜〜9:25滝谷出合・・・10:25白出沢・・・11:00穂高平小屋・・・12:00新穂高→帰京 

前日からの風はやまず、山荘の中にいても風のうなる音が聞こえる。ガスも濃く、当初予定していた槍沢〜天狗原〜稜線〜中ノ沢〜飛騨沢のコースはとても無理な状況で諦めた。風が弱まるのを待ったが一向に収まる気配がないので板をザックに装着し出発した。

飛騨乗越までミックスの道をアイゼンで慎重に下り、視界が10mほどしかないので乗越からの滑降は諦めて、目印の竹竿を見失わないように降る。風とともに雹が当たり顔を向けていられず、何回も後ろ向きになって耐風姿勢をとる。

周りの雪面が見えるようになった地点まで200mほど下ったところでやっとスキーを付けることができた。飛騨沢左岸斜面をトラバース状に滑り、デブリを越えて滝谷出合で板を外す。スキーで滑れたのは30分足らずだった。板を担いで夏道の途中で運動靴を回収。白出沢の岩の間を歩く途中でストックリングがストッパーごと脱落しているのに気づく。登りでなくて良かったが予備リングは必要だと思った。このころから雨が本降りとなってきて、穂高平小屋で雨を避けて小休止。親指の痛みを感じながら右股林道を新穂高に下山した。兼用靴のまま8kmほど下ったのが失敗で両方の爪が内出血していた。

「ひがくの湯」で疲れを癒して帰京。飛騨沢は林道と沢沿いに雪が付いている時期にまた来たい。

(菅澤 記)

 


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