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ら・ねーじゅ No.40
1979.5月号


富士山大滑降                  
                       1979年4月22日、23日 

   メンバー:矢口政武・伊藤碩志・川口・小森宮秀昭・梅原彬暉・高野真砂子 
     牧野・杉田・佐々・スキー協:小林・佐藤・山田・関本・百瀬 14名 
                               矢口政武 記 

4月23日                                 
 スキーは小さく波打つガリガリのアイスバーンから白い雪面にスピードを上げて 
突っ込んで行く。その瞬間、ツルリとスキーのエッジが滑ってバランスを失う。尻 
を雪面につけると同時にザアザアーと猛烈な加速で滑落し始める。 上体を伏せス 
キーエッジを利かせる。斜度もいくぶん弱まりやっと止まる。どこもケガはない、 
ほっとする。恐る恐る立ち上がり、上を仰ぐとテカテカの斜面が太陽を眩しく照り 
返していた。転倒したところから70m位かな?。               

 ここは富士山吉田大沢の上部である。一昨年4月下旬にも、この大沢を滑った。 
その時は強風アイスバーンのため八合目から滑った。今回は昨日(4月22日)入 
山。一昨日からの降雪でスバルラインが昨日11時までストップしたが、時ならぬ 
新雪を七合目から楽しんだものだ。しかし昨夜の強風で、あれほどあった新雪は全 
部吹き飛ばされてしまい、下の硬く氷化した雪面が出てしまった。今朝の登りはア 
イゼンがよく利きピッチが上がった。大沢パーティは山スキー同志会の梅原・高野 
・矢口・SUBの百瀬の4人。他の13、4人はベース近くの斜面で小林会長の指 
導でスキー基本技術・ザイル操作・フィーゲルなどの訓練となる。        

 吉田大沢は沢に入っても沢全部が見渡せ天候も良かったので各自の体力に応じて 
登ることにする。五合目のペースを8時半に出発、12時まで登り、2時にベース 
帰着とする。登るにつれて差が生じ、最後はひとりになってしまった。大沢最上部 
にある岩壁までいこうと頑張ったが、50m位手前で時間切れとなる。頂上はさら 
に30分くらいの時間が必要と思われた。尾根筋は風が強いようなので沢筋を登っ 
たが、ここまで登ると風が巻いているので、スキーをザックにつけて登る際は特に 
注意が必要だ。雪面に岩が所々出ているところで、アイゼンからスキーに履き替え 
る。急斜面のアイスバーンであるため、細心の注意をはらう。体のバランスはもち 
ろんのこと、物を置いても確保していないと直ちに滑落ということになる。これか 
ら滑るバーンを見下ろすとアイスバーンの大きな滑り台といった感じ。眼下に山中 
湖・河口湖・石割山等々はっきり眺められる。                 

 バーンの左下手にカール状に窪んだところがあるので、その窪み目掛けて滑り始 
める。ガリガリのアイスバーン、所々に残る白い縞模様の雪面に突っ込んでターン 
を行い、ほっとする。斜度がグーンと急になりスキーが激しくバタツク。アッとい 
うまに転倒であった。再び気を取り直して滑り始める。長いながーい斜滑降とも横 
滑りともつかない滑降。足がガタガタになったところで飛び上がり方向転換。また 
ながーい不格好の滑り。それにしても大分下ったようす。アイスバーンも最中状に 
なり、ターンは一層困難になった。                      

 八合目位で百瀬氏が待っていてくれた。彼はあざやかにターンを繰り返して滑る。
さすが若手、一級の足前である。当方、バラバラターンにウッヘエーデデーンと降 
る。梅原氏・高野さんを交えて快適な(ということにしておく)滑降を楽しむとも 
うそこは五合目、お中道である。最上部岩壁基部から30分位の滑降ということに 
なる。それにしても降り一方というのは疲れるなー(なんとこのぜいたく)。   

コースタイム:記載なし                           
コース図:記載なし                             

                               電子化 遠山 


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